〜材木置き場〜 オーディンの森

化石の肋の向こう側             材木置き場に戻る

 

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連載五

 

「まただ」
呟いたのはガーシュインだった。風が頬を吹き抜ける。高い天井には白い骨が何本も筋のように走る暗い空間にまた彼はいた。
「香炉は転がったのか?」
ゴドーが訊いた。
「ああ」
確かに香炉は転がった。ゴドーを突き飛ばした瞬間、ガーシュインの内ポケットから転がり出て、ころころと車道を転がり、ガーシュインは必死で追いかけた。掴んだ途端、彼らの回りの空間はまた回ったのである。
「おい」
とゴドー。
「ああ」
とガーシュイン。
風が来ていた。前と同じように何かが遠くからやってくる気配がしていた。
「とにかく」
「走るか」
二人は駆け出した。
「しまったな」
とガーシュイン。
「何?」
とゴドー。
「転んだ時に肘を打った」
「肩貸すか?」
「いや、走れるさ」
風は相変らず早かった。耳元で鳴る。すぐ後ろを何かが走っているのは確かだったが振りかえる余裕はなかった。ただ追いつかれたら最後だという確信だけはなぜかあった。
二人は走った。
そして、あっというまもなく光の中に出た。

淡い緑の明るい空間。
光のまぶしさにも目が慣れて、よく見ると、それは明るい森の中だった。
「この前と同じ森だな」
とゴドーが言う。ガーシュインは答えない。二人は森の中を歩く。
そのうち海の見える小高い丘へと出る。この前と同じ光景だった。
左手にはやはりいくつもの墓が見えている。
「ここがどこか知りたいな」
「年代もね」
それには海より墓の方が情報は多かろう。二人は墓めざして歩いていく。
たどりついてみると、森がぽっかりとひらけて明るい陽だまりの中に新しい白い墓石が整然と並んでいた。どうやら新しく作ったばかりのようで、囲いも何もない。
墓の間を歩き回ってみる。真新しいものでも没年は十年ほど前の年号であまり馴染みのない名前が刻んであった。
「ラスゴー独特の苗字か」
ラスゴーはポートナムより更に北にあった。
「じゃあ、ここはラスゴーのどこかか」
「名前だけでいけばね」
「おや」
と声がした。見ると、墓の間の小道に少し頭の剥げた、中年の男が立っていた。花束を抱え、怪訝そうな表情で立ちつくしていたが、やがて彼は二三度頭を振って、悪い考えを頭から追い出すような仕種をした。ゴドーはおかしい。
「どうしましたか?」
と声をかけると、男は初めて頬を赤らめて、
「いやあ、失礼、あの、アッシュ家の墓はそちらですよ」
緑の瞳を細めて何を間違えたのかそう教えてくれた。独特の訛りのある言葉はやはり北特有のもので、ここはラスゴーかその近くの地域に違いない。
「アッシュ家、ですか?」
とガーシュイン。
「アッシュさんのご親戚じゃないので?」
と男。
「いえ…実は墓参りに来たわけではないのです。道に迷ってしまって」
「おやおや、」
男は緑の瞳を大きく見開くと、
「これは失礼しました。いや、実はね、あなたの瞳が金色だったんで、アッシュ家のご親戚かと思いましてね」
「瞳が金色?」
「ええ、このあたりでは金色の瞳といえばアッシュの家の親子くらいしかおりませんでね、親子そろって金色の瞳、それに金色の髪で」
「アッシュさんはお近くにお住まいですか?」
とゴドーが訊く。
「ええ、ええ、お宅はこの先ですがね、」
男は少し困ったように微笑んだ。
「ただ、御一家ともども亡くなられまして…今はどなたもおられんでしょうな」
「亡くなった?」
男は哀れみの表情を浮かべる。
「車ごと海に落ちまして」
「お気の毒に…」
「まったく気の毒な話です。当日は天気が悪かったですから運転を誤ったのでしょうね」
「御家族の名前は御存知ですか?知り合いに同じ名字の者がいるのでもしかしたら血縁かもしれない」
「それならわかりますよ。ご主人はスティーブ・アッシュで奥様がエリカ、息子さんはチャールズでした。仲のいい御夫婦でね、一人息子をそれは可愛がっていましたよ。それが本当に気の毒な話で」
「息子さんも一緒に?」
「どこに行くにも家族一緒の御一家でしたのでね。それが可哀想にチャールズの遺体はとうとう見つからずじまいでした。嵐の海に落ちたのですからどこかに流されてしまったのでしょう」
「そういう話をそう言えば聞いた気がする」
ゴドーは話を合わせた。男は少しだけ躊躇したが、
「チャールズも金髪、金色の瞳でね、気分を悪くされたらすみませんが、実は私は一瞬、チャールズが生き返ったのかと思って」
と照れ笑いした。
「あなたは、」
とガーシュインを眺めると、
「チャールズによく似ている」
彼は感想を述べた。
「でも、チャールズはまだ十代だったし、あなたのような立派な紳士ではなかったです…ほら、その、お二人の前の、その新しい白い墓、それがアッシュさんのですよ。アッシュさんがお二人を呼び寄せたのかもしれません」
善良な男は親切に教えてくれると、別れの挨拶をし、森の奥へと道を歩いていった。
ガーシュインは足元の墓に目を落とす。
そこには掘ったばかりの名前が仲良く三つ刻まれていた。ガーシュインは何も言わずただじっと墓を見ていた。
「ガーシュイン」
とゴドー。ガーシュインは無表情のまま立っている。
「なんてことないな」
抑揚のない声でガーシュインが呟いた。
「ポートナムでの記憶喪失男は犯罪がらみだのなんだのと騒がれた。だが、なんのことはない、俺は平凡な男だったじゃないか」
「…そうだな」
ゴドーはうなずく。
「あんたは平凡に両親に愛された幸せな男だったのさ」
ガーシュインは答えなかった。
ただ、いつもの無表情な右目からは涙が一筋流れていた。
白い墓はガーシュインの幸せな過去の証のようにひそやかに風の音を聞いていた。

 

 

連載六 に続く(工事中)

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