神話の森
私は桃太郎が好きです。ちっちゃい頃から桃太郎が好きでした。
三太郎、っていますよね。桃太郎、金太郎、浦島太郎。この三人の中じゃやっぱ、ダントツ桃太郎です。腹掛けかけて頭そって熊と相撲とっている金太郎はなんだか好きになれなかったし、浦島太郎は漁師だ!野望に燃えたお子様はやっぱり武家が好きっ。
陣羽織羽織って鉢巻しめて、三匹のお伴に慕われて、元服前のりりしいお姿!見てくれ一番の子供にはやっぱり桃太郎が一番なのでした。
なんとなく好きだった桃太郎をかなりはまって調べるようになったのは、テレビで桃太郎の原型と言われるキビツヒコ伝説を知ってからです。
キビツヒコは第七代孝霊天皇の皇子で、本名を五十狭芹彦命。四道将軍として吉備国を平定します。
この伝説では鬼は温羅(うら)として登場します。
岡山に行けばこの温羅が根城としていたといわれる鬼ノ城(きのじょう)という遺跡が今でも残っています。つまり、これが鬼ガ島というわけですねえ。
温羅退治に遣わされたのがキビツヒコ。
キビツヒコは矢を武器に、温羅はこれに岩を投げて応戦します。キビツヒコの矢と温羅の岩があたって落ちた所が今、矢喰宮として祀られているとか。全ての矢は岩にあたり、なかなか決着がつかない。そこで、キビツヒコは一計を案じて(あるいは神のお告げとも)、日本の矢を同時につがえることにします。頭いいですよねえ。
これが見事に成功、一本は岩にあたりますが、もう一本は温羅の左目を射抜きます。
温羅は川を血に染めながら逃れた、といいますが、この血に染まった川が血吸川。
温羅は「雉」になって逃げ、これをキビツヒコが鷹となって追う。今度は温羅は鯉となって血吸川に逃げ、キビツヒコがこれを鵜となって追い込み、捕まえたところが鯉喰神社。
みごと温羅の首を討ち取りますが、この伝説には続きがある。
この首がなんと唸り声をあげるというんですよ、まあ、こわい。
いつまでも唸りやまず、ある時、キビツヒコの夢枕に温羅が立ち、自分の首を吉備津神社のかまどの下に埋めてくれれば、釜を鳴らして世の吉兆を告げよう、と言い、キビツヒコはこれを承知し、これが吉備津神社の鳴釜(なるかま)神事の起源となったとか。
伝説知っている人少ないかなと思って、かなり長々と説明しちゃいました。
平安時代にはこの温羅はかなり恐れられていたという史料が残っているそうですが、今ではこの伝説も知らない人が多いのかも。
桃太郎の話はまだまだ途中。続きますので、乞うご期待。
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実のところ、桃太郎伝説は岡山だけでなくほとんど全国にあるらしいのでして。でも、数ある桃太郎伝説の中でも岡山がもっとも(かどうかわかりませんが;)有名なのは桃の産地であるということとキビツヒコの鬼退治の伝説のおかげでしょう。
鬼である温羅には角がなかったそうですが;;
温羅は多々良製法に通じていたといいます。いわば当時の最新製鉄技術ですね。岡山には製鉄が行われていたことを示す遺跡もたくさん残っており、このことからキビツヒコ伝説は、渡来人である温羅が持つ製鉄技術を大和朝廷が奪うべくキビツヒコを派遣した話ではないかという見方もあるようですが、かなり説得力のある説ではないかと思います。
キビツヒコ伝説で鬼の血で染まったという血吸川もその実、製鉄の際に出た金屑のせいで川が赤く見えたのではないか、と言います。
宝物は金銀財宝ではなく製鉄技術というわけで、略奪行為を働いたのは鬼の方ではなく、この場合、桃太郎ことキビツヒコということになりますが。
大和朝廷の方が悪い、という気はないです。大和朝廷だって当時、必死だったはずですから。当時の常識は今となっては知るべくもありませんが、少なくとも当時、最優先されたのは種の保存であり、これが当時の絶対的正義のはずですから。種の保存、というと動物のようですが、貴種の存続は歴史においてかなりの重要命題であったはずですし、戦争が民族の継承のために行われているのは周知の事実ではないでしょうか。
さて、冒頭に、桃の産地であることが岡山が有利であるゆえんだと言いましたが、実はキビツヒコ伝説には桃は全く関係ありません;;
次は桃の話をしましょう。
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次は桃の話と予告うったような気がする・・・・;;;
いや、だって、鬼の話が歴史の会議室で出てて;;急にやりたくなったんだもん;;;;もう書いちゃったもん;;
まあ、というわけで(どういうわけだっ;;)、桃より先に鬼の話でございます☆
桃太郎といえば、鬼。
キビツヒコ伝説の鬼は、しかし、角がなくて、名前を温羅と言います。「うら」と読むんですね。
この温羅についてはまた改めてやるとして(おいっ)、さて、鬼。
今回は一般的な鬼について考察しておこうかなあー、って手元に史料がそれしかないからですけど;;
「鬼」というのは、中国では死者の霊のことを意味します。
つまり、幽霊ですね。うむ、幽霊と鬼、なんかイメージ違いますね。
中国では当然、これを「き」と読みます。
日本語の「おに」という発音は中国語の発音の影響を全く受けていないような気がするけど。
念のために、「おに」を調べてみます。勿論、辞書は『角川外来語辞典』(荒川惣兵衛著、角川書店)。このサイトでは本当にお世話になってます(^^)
あった「おに」。
オニ【中 隠】怖ろしい形相をして人間にたたりをするという怪物。もののけ。
「鬼。於爾。案字園云、隠(オン)之字之響声。而陰者、加久礼古毛礼流之義也」揚梅大納言『揚氏漢語抄 1』
「人鬼(ヲニ)。周易云。人神曰鬼。和名於邇。或記云、於邇者、隠音之訛也。鬼物隠而不欲顕形、故以称也」『和名抄 �供�
つまり(正確に全部は読み下せませんが;;)、「おに」という音は「隠」(おん)の転訛ともいうらしいよ、ということですね。二行目の「加久礼古毛礼流」は「かくれこもれる」と読むのでしょうね。
三行目の「鬼物隠而不欲顕形」は形に顕れない、ということでしょうか。
「オン」というのは中国語なんですね。”隠す”という意味の「オン」という音が日本に入ってきて、「鬼」(キ)という漢字と結びついたのが、「おに」ということでしょうか。
また、ある説ではオを接頭語、ニを尊敬畏怖の義、というのは、これもおなじみ『神話伝説辞典』に載ってました。
「日本書紀」では邪鬼(あしきもの)と出てくるように「鬼」を「もの」と読ませるケースもあるとか。これは「もののけ」の「もの」と同義ということでしょうか?
じゃあ、「もの」とはなんでしょう? おなじみ『広辞苑』で引いてみます。
物はさすがに意味が多いですねえ。第一義は、
「形のある物体をはじめとして、広く人間が感知しうる体調。また、対象を直接指さず漠然と一般的に捉えて表現するのに用いる。」
ううむ。これもいけそうですが、たぶん、「鬼(もの)」はこっちでしょう。
「(「あやしきもの」の意)鬼・魂などを忌んで、あからさまには呼ばず避けていう語。妖怪。邪心。物のけ。」
まんまですねえ;;「物に取り憑かれる」の「物」はこれだそうで。
お、鬼婆がある…「老婆の姿をした鬼。」…えっ?!鬼みたいなおばあさんじゃないの?…・閑話休題。
物がわかったところで、鬼へ戻りましょう。
ついでだから、「鬼」も『広辞苑』で調べましょう。やっぱり意味は「隠」で「姿が見えない意という」とあります。
「天つ神に対して、地上などの悪神。邪神。」
「伝説上の山男、巨人や異種族の者。」
「死者の霊魂。亡霊。」
「恐ろしい形をして人にたたりをする怪物。もののけ。」
「想像上の怪物。仏教の影響で、餓鬼、地獄の青鬼・赤鬼があり、美男・美女に化け、音楽・双六・詩歌などにすぐれたものとして人間世界に現れる。後に陰陽道の影響で、人身に、牛の角や虎の牙を持ち、裸で虎のふんどしをしめた形をとる。怪力で性質は荒い。」
以下、「鬼のような人」とかが続きますが、ここいらでいいでしょう。
ふうむ、鬼については出揃ったかなという感じですね。さすが広辞苑。
つまり、鬼ってのは、最初、形を持たず、隠れて目に見えないものだったのが、仏教や陰陽道の影響で醜い形を取るようになり、その鬼の属性から、強い、とか、勇猛、とか、無慈悲とか、でかい、とか、いかついとか、そういう意味も持つようになったというわけですね。
そうか、巨人や異種族の者も鬼というのか。じゃあ、北欧神話やギリシア神話に出てくる巨人も鬼ですね;;
鬼が牛の角に虎のパンツ…じゃなかった、褌をしているのはどうしてか、というと、これは鬼門が艮(うしとら)の方角だからだというのを聞いたことがあります……ホントだってば(- -;;
どうにも悪いイメージを作られ、悪霊として退治される代表格になってしまった鬼ですが、奈良県吉野山下の五鬼のように鬼の子孫だと言う方もいらっしゃるようです。先日の「歴史の小舟の会議室」でも天孫降臨さんが同様の貴重なお話を披露してくださいました。どうもありがとうございました(^^)
九州などでは正月七日の火祭りを鬼火とか、鬼の骨と呼ぶそうです(私は九州ですが知りません(^^;;)。
小正月のお新木(にゅうぎ)を鬼木と呼ぶ地方もあるとかで、来訪神の性格もあったようです。
目に見えないものが姿を得たとたん、大きい力を持つ者として認識されるようになるという、この極端さはすごいものがあると思うのは私だけでしょうか;;
人は見えないものに畏怖の念を抱くものであり、見えない恐怖を克服するために元来、見えないはずなのに、その姿形を作り上げてしまうのが、鬼の固定したイメージ、ということでしょうか?
そもそもが見えないんだから、その姿形は、きっとこうあるべきだ、という「べき」論によって作り上げられていくのでしょうし、その分、後をたどりやすいといえるかもしれません。でも、結局のところ、鬼そのものよりもそれに対する、畏怖の念のイメージなのかもしれないなと思ったりもします。ちょっとだけずれてしまったイメージとでもいうんでしょうか。
フランケンシュタインが本当は人造人間を作った博士の名前だったのに、その人造人間自体がそう呼ばれるようになったのと…え、全然違うって?(^^;;;
まあ、そんなもんかなあと思っただけです;;
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